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mamenotanemame

2014年4月よりJOCV、ベネズエラにてアグロエコツーリズム開発のサポートを。

村のヒーローバス

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黄色いスクールバスの運転手、通称Chucho。村の中でこの人を知らない人はいないだろう。

毎日、朝7時から午後4時ごろまで、市内の二つの区を往復している。

州都から市までのバスは毎日出ているものの、市内の公共の交通手段は皆無に等しい。タクシーはあるが、値段は、実質レートでドル換算したら日本と変わらないくらいの、村の人からしたら法外な値段で、公用の時(市役所などに請求できる時)あるいはいざという時しか使えない。

なので、ここでの主な交通手段はヒッチハイク。いわゆるla cola。友人の先生なんか、家から30kmくらい離れた学校に、何年間も毎朝ヒッチハイクで通っているというから本当に恐れ入る。「ほんとつらいんだよーー」って笑顔で言うからなんかもうつられてこっちも笑ってしまった。「転勤願いは出せないの?」と聞くと、「たとえそうしても私の変わりに別の誰かが行かないといけないから同じことだし、今の学校が好きで、まだやりたいこともあるから」と言っていた。本当に頭が下がるし、いっつも明るくてポジティブな姿に、いつも励まされる。

 

話がそれたが、つまりはそんな環境だから、Chuchoの存在は本当に大きい。家々の前を通る時はでかい音でクラクションを鳴らしながら通るので、皆その音を聞くと家の前に出てくる。一応皆固まって待つ場所というのがあるけれども、正式なバス停はない。乗りたかったら手を上げて知らせる。通りすがる時は、皆が手を振って挨拶をする。

以前、住んでいる地区から少し離れた場所で、観光と文化財ワークショップの打ち合わせのために、いくつかの自治体の代表者の家々を訪問していた時のこと。一度最後の訪問先が終わったときはもうステイ先のほうに向かうChuchoの最後の便を逃してしまったと思われる時間になってしまった時があった。もうすぐにでも日が暮れてきそうな中、ヒッチハイクで通る車を待つのが本当に心細かった時だった。その自治体の代表者の方も同じ方向に向かうところだったので、一緒に道端で待っていたのだけれど、彼女はこの状況に慣れていて全然平気な一方、私はどんどん不安になっていく。私達のほかにも待っている人たちが何人かいて、皆結構な時間待っているようだった。

何台か車が通ったけれど素通りされ、しばらく待ったころ、聞きなれたクラクションの音がかすかに聞こえた。「Chuchoかな」でももう午後5時を回ってしばらく経つ。もう一度クラクション。今度ははっきり聞こえる。「Chucho---!」安堵のため息と歓声が、その空間一帯に広がった。住んでいる区のほうから来て、反対側に向かうところだったChuchoは、「Ya vengo!(いま戻る!)」と言わんばかりにクラクションを鳴らし、去っていった。その後の待っている時間の、安心感に包まれた皆の空気といったら。

実は正直今まで、オフィスの前を通る時なんか「うるkさいなーー」と思っていたあのクラクションの音が、あの時は絶対的な安心感と心強さを持っていた。それ以来、そのクラクションの音を聞くと、「お、今日も走ってるなー」と、なんとなく元気になる。

そんな黄色いバスChuchoの存在は、たかが一交通手段では終わらない、皆の心の支え的な部分もあるような気がしている。きっと米国からやってきた、たまに壊れるおんぼろバスだけれど、丁寧にメンテナンスされて今日もまた人々を乗せ、まだまだ元気に走っている。