読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

mamenotanemame

2014年4月よりJOCV、ベネズエラにてアグロエコツーリズム開発のサポートを。

異文化と価値観とありがとうとごめんなさいの話

昨年、年末あたりの話

こっちのひとは、ほんとうに「ありがとう」と「ごめんなさい」を言わない。

 

ステイ先の子どもたち(3歳と4歳の姉妹)と手動の手回しラジオで遊んでいた。

洗濯をしている最中だったので、洗濯機に呼ばれて少し子どもたちから目を離す。

そしたら、妹のほうが「ラジオ、部屋に置いておいたよ」と言いにきた。

「ありがとう」と私は言って、しばらくして部屋に戻ってラジオを片そうとしたら、もち手がポロっと取れた。あー、壊しちゃったのね。事務所から借りてたものだから、怒られるかなあ、でもたぶん接着剤でなんとかなるな、そんなことを考えながら、壊してしまったことを、子どもはどう考えるのだろうと思って、聞いてみた。

 

私「ラジオでもうあそばないの?」 妹「もう終わった」

私「ここ、外れてるけど、どうしたの?」 妹「知らない」

私「でも、貸す前は、外れてなかったでしょう?」 妹「ソフィア(姉)がやった」

姉「ちがうよ、カーラ(妹)がやったんでしょう!」 妹「ちがう」

姉「嘘つき!」

私「ほんとうはカーラが壊したの?」 妹「(無言)」

私「怒ってないし、壊しちゃったのもしょうがないけれど、もし人のものを壊したら、なんていわなきゃいけないのか知ってる?」

妹「うん、私が壊したよ、だから早く直して(ドヤ顔)」

私「(ちょっとびっくり)ちがうでしょ、謝らないといけないでしょ」

妹「でも許してくれるでしょ、色えんぴつで塗り絵しようよー」

私「だめ、ものを使う時は、壊さないように気をつけないといけないでしょ、人のものを壊した時は、謝らないといけないでしょ。わかった?」

妹「じゃあもうなにも貸してくれないの?(わかってない)」

私「色えんぴつはいいけど、ラジオとか携帯は、また壊すかもしれないから、もうだめね」

妹「(半べそ)意地悪。」

姉「カーラに何も貸さないんだったら、私ももうること遊ばない。いこ、カーラ」

・・・唖然。私が悪者になってしまった。

 

3歳の子に分かってもらうのは難しいのかな、と思いながらも、こっちの子は言葉が達者なので、話してみたけれど、あんまり伝わらなかった。

そして、次の日以降、また何事もなかったかのようにあそぼーーーってくるから、子どものすごさを思い知る。根に持つとか、そういうことって多分必要ないんだなあ。

 

子どもだけじゃなく、大人も、ありがとう、ごめんなさいって言わない。

・約束してて、すっぽかされたとき→言い訳+逆切れ

・ホチキス壊されたとき→日本製は複雑でよくわからないわーと笑いながら手渡される

・悪い冗談言われて切れたとき→ジョークでしょ、辛抱弱いねえ(No tienes paciencia)と笑われる

・ものを貸したり、通りすがりに水を一杯あげたりしても、ありがとうって言わない

 

ごめんなさいって言う時は、ぶつかったり、足踏んだり、くしゃみしたときとか。

ありがとうって言ってくれた時は、お土産をあげたり、プレゼントをしたりしたときとか。

 

訓練中の日本人研究で調べたテーマが、まさにこのことで、それを思い出して、やっと異文化という捉え方で捉えられるようになってきた。

ただ、わたしは、やっぱり「ありがとう」を、一日何回も、もう条件反射で言ってしまうし、「ありがとうって言いすぎ」ともよく言われる。あと、自治体での説明会をすっぽかされた時、もちろん自治体側は謝らないが、そのために遠くからヒッチハイクで来てくれた学生や同僚に対してやっぱり申し訳なくて、「ごめん」というと、「それはるこのせいじゃないんだから、謝る必要ない」と言ってくれたりもする。

 

訓練中の日本人研究の時、インドやネパールでは、「ありがとう、ごめんなさい」は、言ったら相手との距離が広がってしまうため、全然言わないという話を聞いた。たぶん、ここも、それに近いんだろう。

 

私がそれにあわせる必要はないし、かといって向こうに態度を改めろというのも間違っている。言い訳文化ということで受け入れさえしてしまうと、気持ちがとても楽になる気がした。

他にも、合わないと思うところはたくさんあって、旅中に感じた中南米文化のきらきらした部分だけが印象に残っていた自分としては、くじかれる思いをたくさんするけれども、無理にあわせず、なにそれーそんなことしないし!みたいなつっこみ感覚でいるのもなかなか余裕を持たせるのに役立ったり。

 

コスタリカでの6ヶ月をはじめ、

ニカラグアホンジュラスグアテマラの3週間、

メキシコ、ぺルーとボリビアの3ヶ月半、

ベネズエラでの1年、

エクアドルとパナマの10日間

全ての時期において、中南米という地域に対して、新しい印象、新鮮な気持ちが生まれていることに、感謝をしようと思った。

 

 

最近、年が明けてからのことだけれど、いろいろ落ち込むことがいくつかあって、またいろいろ見失ってきたので、人生でしたい100のリスト、というのを書いてみた。昔書いてた1年の100の目標の、一生版。

行きたい場所、やりたいことのほかに、心がけたいことをリスト化できて、やっぱり、自分の一番の克服したいテーマが、つきつめると、「他人を受け入れる、価値観の違いを受け入れる」ということなのだと思った。

これができない限り、私は自分のことを一生好きになれない。

このために苦しむことを、いとわないように、あきらめないように、目を背けないように生きていけることができたら、あとはどんな人生でもいい、どんなこともできる、そう思った。